2011年12月13日火曜日

子供にいいたいのは、

気持ちのいい秋晴れが続いています。雨が多いなと感じていただけに、日光のありがたみが分かりますね。

自分は来年47歳?になりますし、子供たちも中3と小6になります。ここ数年は忙しくしていた為に、あまりいっしょに遊んだり出来ませんでしたが、親いなくとも子供はすくすく育つもんだと思います。なまじ干渉され続けるのほど、子供にとって不幸はないと思うし、親が自分の生い立ち、育てられ方、など逆の立場になって、自分の子供に押し付けるのほど、愚の骨頂はないと思います。自分の物差しをもって、親も子に接するべきだし、これから息子達にも、自分の物差しを創り上げて欲しいです。学校はなぜか、本当にどういう訳か、左ならえの平等主義が気持ち悪くて、それでありながら教壇の主は自己中心的だったり、生徒もおとなしい子が多いなか、うたれ弱くなってる気もするし、男親としてみると、なにかこう歯がゆいと言うか、なんと言うか・・・澄んだ水でしか生活できないような生き物になるのは、中々つらいですよね。とか言う自分はかなりそれに近いですが・・・生き物が多くなった器、業態は窒息しそうですもんね。違う器に移るか、汚れた器で生きてく道をさがすか、手をとりあって仲良く窒息するか、みたいな。

子供に言いたいのは、これから年を重ねていく時に、常識とかいう小さい社会がかってに創りだした概念にあまり振り回されるな、という事です。勿論良い常識もたくさんありますし、小さな器(生活圏)のルールを尊重しないといけませんが、なによりも自分が感じ、見てきたものの中にしか存在しない貴重な経験こそ宝だし、世の中を意識しつつ、自分自身の切なる思いの中で、将来をイメージし、現実に対処しながら、どうにかこうにか生きていって欲しいです。サラリーマンだろうが、起業しようが、いっしょです。

この世は競争社会というイメージをもってる人が多いのかもしれませんが、それは貧しい感覚のような気がします。本来の意味は違うのかもしれませんが、他人を蹴落として、人は幸せになるはずないし、逆に、社会主義的な、小さいパイをみんなで分け合うのもまた綺麗事すぎるし、、、、やはり自分が子供に言いたいのは、資本主義の中では格差がうまれて当然なので、仲間と切磋琢磨しあいながら、人を信じ、自分を信じ、悪意を排除し、尊敬され、尊敬し、素朴な大志をもって生きてほしいです。

なぜこんな話しになった?  年の瀬だしな・・・ 早いはなし小さい事は気にするなってことかな。


BY 男親。